水中遺跡保護と持続発展

水中考古学と遺跡の保護

スキューバ・ダイビングを可能としたアクアラングの開発者ジャック・イヴ・クストーらは、その技術で、地中海の海底に沈む、古代のアンフォラ壺を調査していった。クストーの母国フランスは、1960年代に世界に先駆けて水中遺跡調査専門の国立機関を設立することとなった。

ギリシア・アンテキィラ島沖引き揚げ天体観測器具のように、地中海海底には、貴重な遺物が眠っていた。中世のヴァイキング船、絶対王政期イギリスの歴戦の戦艦メアリーローズ号(写真下)まで、海底から発掘された貴重な遺跡を博物館で見ることが出来る。水中遺跡保護は、「国連海洋法条約」の条項にも規定がある他、国際的には、「イコモス憲章」、「考古遺産保護のための欧州条約」(ヴァレッタ条約、英語原文日本訳)で理念化・法文化されている。

ユネスコ水中文化遺産条約:考古遺跡を主対象とする初の国連条約

2001年、考古遺跡に関する初めての国連ユネスコ条約として、「水中文化遺産保護に関する条約」が採択された。人類の歴史活動の痕跡が、100年間水中にあった場合、特にそのような考古遺跡は、保護が困難であるとし、これらを「水中文化遺産」として調査、保護管理することを唱えた国際条約である。

水没した旧地形に残る遺跡、港湾施設、さらには沈没船遺跡など世界の水域で確認されるが、そのなかには、盗掘や開発行為で消失してしまうものも多かった。先進国は、条約の批准や、遺跡・遺産行政のなかでの水中遺跡関連法の整備、専門部署や人員の配置をおこなってきた。中国のように海洋政策のなかに、水中文化遺産調査や保護を位置づける国もある。

水中環境にある遺跡の保護は容易ではない。国内では、戊辰戦争の沈没船開陽丸、琵琶湖湖底遺跡群、元軍船団の壊滅地である鷹島海底遺跡が知られるが、陸上の約46万件の遺跡数に比べて、水中遺跡は数百例が報告されるにとどまっている。文化財保護法の適用範囲は、領海内の遺跡に及ぶが、その不十分な現状の報告と、改善の必要性が、『水中遺跡保護の在り方について』で提起された。

海洋の持続可能利用と水中遺跡保護
Ocean Decade Heritage Network

サンゴ礁の破壊や、海洋環境の激変によるイルカ・クジラの犠牲と比べて、水中遺跡の消失には、それほど目が向くことはない。自然の生態と違い、回復力(Resilient)をもたない遺跡は、脆弱で、消失した場合は、再び現状に戻ることはない。海洋環境は、気候変動や開発行為によって、様々な脅威にさらされており、そこにある遺跡も又、消失や破壊に直面している。国連ユネスコは、海洋問題の次の10年を考える「持続可能開発のための海洋科学の10年(2021-2030)」計画を、政府間海洋学委員会(IOC)で議論し、施策に移そうとしている。これに呼応し、水中考古学の研究者らも、Ocean Decade Heritage Network(https://www.oceandecadeheritage.org/)を発足させた。海洋に眠る遺跡は、我々が、過去から現在まで、海洋の恩恵に依存し、社会発展にその存在が不可欠であることを教えてくれる。人類は、沿岸や島嶼環境資源を巧みに利用し、海洋空間を活用し、海上交易で豊かとなり、時に海上戦さえ行ってきた。これらの人類活動によって残された遺跡は、海と私たちの関係の理解を深める遺産である。